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香港

この半年間、ずっと何を書いていいかわからなかったけれど、「何か書かなければならない」と思い続けていたことがある。
香港のことだ。

中国、韓国、モンゴル、台湾 – 私たちが俗に「東アジア」とくくって呼ぶ国や地域。
その中で実際に訪れたことがあるのは台湾。
けれど、もっとも私が親しみを感じ、ビジネスではない、プライベートな興味を持っているのは香港だった。
それはひとえに、香港には多くの、友人と呼べる人がいるからに他ならない。

私は大学時代に一か月半だけ、カナダで行われたサマースクールに参加していた。
そこには香港の大学生のグループも参加していて、そのうちの何人かとは滞在中それなりに長い時間を過ごしたし、彼ら彼女らが日本に来た時には日本を案内したりした。
SNS上でも交流が続いていたし、うち一人にはつい一昨年も会っている。

そんな友人たちが暮らす香港が、大変なことになっている。
それを知ったのは6月のことだった。
正確に言えば、6月の時点では「大変なこと」とは思っていなかった。
大規模なデモが起きていて、でもきっとひと月もしないうちにはどんな形であれ、決着するだろう。
そんな無責任で、根拠のない予想を私は持っていた。

現実はどうだろうか。
いまも香港は混乱の渦中にあり、友人のSNS上には比喩的にその苦しさを伝える投稿が上げられていた。
(直接的に書かないのは、書けない理由があるのだろうと思っている)

直接メッセージも受け取った。
「どうか香港で起きていることを周りに知らせてくれ」と。

私はこう返信した。
「わかった、広める。それと…」

そのあとに続ける言葉を選び、彼女に返信するまでに私には結構な時間が必要だった。
「頑張って」- 何を「頑張れ」?政府に抵抗することを?その結果、彼女が危険な目に遭ったとしても?
「無事でいて」- 安全な場所に居て、その結果彼女が大切にしている場所が、価値観が、失われたとしても?彼女にとって、香港の人々にとって、それは望ましいことなのか?

香港の友人たちに、傷ついてほしくない。危ない場所に行って欲しくない。
彼ら、彼女らの多くは結婚し、幼い子供もいる。無茶はしないだろう。
けれど彼ら彼女らが何もしなければ、友人たちが誇りをもって「自分たちはHongkongneseだ」と言っていた、その拠り所である香港の自由と価値観が損なわれる可能性が高いのだ。

結局私はこう書いた。
“I will be with you”-私はあなたたちと共にある、と。
文字通り海の向こうの対岸で、画面越しに今回の出来事を眺めているだけの人間が言うそんな言葉の、なんとむなしいことか。

先月は、友人たちの出身校が騒動の舞台になっていた。
私ですらその名前を聞いて、慄いたのだ。ついに、大学まで。それも、友人たちの出身校の敷地内で、人が傷つけられている。
彼らがどんな気持ちでいるか、私には想像することすら出来ない。

彼女たちの身がこれ以上危険に晒されないでほしい。
けれど同時に香港の自由と権利が-それが友人達にとって大切なものであるのならば-保たれてほしい。
そんな勝手な願望を、私は抱いている。
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8月15日に思うこと - 朗読劇「青空」感想 -

8月15日。
私は、学校でこの日を「終戦の日」と習い、記憶していたけれど
最近は「9月2日」がその日であると教えているらしいことを聞いた。

確かに、9月2日がポツダム宣言の調印・発効日なので法的にはそれが正しいのかと思う。
それでも、私はやはり8月15日が、当時日本で生きていた人々にとっては「終戦の日」なのではないかと思い返す機会があった。

(そもそも「終戦の日」でなくて「敗戦の日」ではないかという
議論も見かけたけれど、話が散らかりすぎるのでここでは日付の話だけに留めておく。)

その機会とは、いま日本橋の三越劇場で上演されている「朗読劇『青空』」を観劇したことだ。

「青空」は太平洋戦争末期、家庭で飼育されていた犬猫の供出令が出されたときに、
「お国のために」がすべての軍国教育の下で育ってきた少年「大和」が
家族同然に育ってきた柴犬の麦、そしてすっかり家に居ついていたノラ猫の小太郎の命と、
「非国民」との謗りを受けることへの恐れとの間で苦悩し、とある決断をする物語。

劇団「方南ぐみ」が企画・製作を行い、今年は8月9日~18日という日程で若手からベテランまで、
俳優・声優業の方を中心とした4人一組で上演。
各回で語り部が変わっていき、上演されるまでは誰がどの役柄かは発表されない。
昨年も開催されていたとのことだが、私がこの朗読劇のことを知ったのは今年、それも7月になってからだった。

この物語の終盤、1945年8月15日正午、天皇の玉音放送を聞いた大和が、空を見上げて言う。
「きれいな青空だあ。もう、この空が赤く染まることはないんだ」と。
(※記憶だよりなので、台詞はまったく正確ではないです)

もう爆弾が降り注ぐことはない。
空が、燃え上がる炎で赤くなることはない。
単なる、晴れとか雨の話ではない。これまでずっと、目にすることが出来なかった「青空」の意味。

もちろんこの物語はフィクションだけれど、74年前の今日、真夏の青空を見上げて大和のように思った人も少なくはなかったのではないかと思う。
「青空」というタイトルに込められた想い。

私はそれを知って、背筋が引き締まる想いだった。

「戦争は悲惨で、繰り返してはならない」という教育を私は小学校から大学まで受けてきた。
「ではどうやって戦争を起こさないか」ということももちろん考えなくてはならない。
きれいごとではなく、感情論だけではどうにもならない。

それでも、ひとりひとりが「戦争は嫌だ」と思う気持ちを、理屈ではなく、忘れてはいけない。
「青空」は、そんな当たり前のことを思い出させてくれた作品だった。

私はとある役者さんの演技を観たいがために今回観劇したのだけれど、
また彼に演じて欲しい、というよりは来年も、その翌年も。
いろんな人の手に、声によってこの話が受け継がれていったらいいなと思う。
今年も、18日まで上演されているので、もし機会があればぜひ観に行って欲しい。

「方南ぐみ」ホームページ
https://hounangumi.info/

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2013年『Free!』に出会って

7月18日に起きた事件を受けて思うこと。

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Marchand de rêves 2018 Domaine Amagat

Marchand de rêves 2018 Domaine Amagat


銀座にある「自然派ワイン」の専門店、カーヴフジキさんのメルマガで気になって購入した1本。

今日まさに「自然派ワインとは何なのか」というディスカッションをしてきたばかりなので、安易に「自然派ワイン」という表現を使うことに若干の抵抗を覚えますが、その話を始めると時間がいくらあっても足りないのでここでは一旦置いておきます。

Marchand de rêves 2018
造り手:Domaine Amagat
産地:フランス ルーション
品種:ミュスカ 100%

完熟した杏や白桃、はちみつの心地よい甘さがありつつ、爽やかな味わいのオレンジワイン。
気軽に楽しめるタイプだけれどタンニンもしっかりあり、余韻も長い。
こういうタイプのワインを、熟成させるとどう変化するのかが気になるけれどもう1本買いたいなと思った時には完売してました。

次のヴィンテージは、買えるなら全キュヴェ買いたいなあ。

輸入元の二番通り酒店さんのドメーヌ紹介ページ

10年

1年ぶりに書くブログの内容にふさわしいかはわからないけれど、どうしても今日書いておきたかったこと。

2009年1月16日に母が亡くなって、10年経ちました。
私は当時24歳で、母は享年59歳。
私は今年で35。母が私を産んだ年齢になります。

10年前にあったこと、10年間思い続けてたこと、10年の間に変わったこと。
いつか記憶が薄れてしまう日のためにも書き残しておきたいと思ったこと。

そんな内容です。

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